大江健三郎

個人的な体験   われらの狂気を生き延びる道を教えよ
芽むしり 仔撃ち  洪水はわが魂に及び  われらの時代
遅れてきた青年  性的人間  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大江健三郎について
彼についても、読んだ本は数冊であり、さほどマニアックに接した訳ではない。最初に読んだのは「芽むしり 仔撃ち」。感化院の少年をめぐる話だったが、その後この「個人的な体験」、「洪水はわが魂に及び」と進むにつれて、はっきり言って従いていけなくなった。
それから20年近くを経て、今読んでみると、何の抵抗もなく心に染み渡ってくる。
年月によって変るもの、環境によって変るもの。

ノーベル文学賞を受けるにあたって、彼は「安部公房、大岡昇平らが生きていれば、彼らがもらって当然だと思う」と語っている。安部公房に関しては、確かにそう思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

題名 著者 出版 発表年
個人的な体験 大江健三郎 新潮文庫 1965

若き父親、鳥(バード)。彼の子供が奇形児として生まれる。脳の一部が頭蓋から露出して瘤のようになっている(脳ヘルニア)。妻には教えられない。判断力を失い、女友達(学生時代に一度だけ寝た)、火見子のところへ逃げ込む。弱らせてそのまま死なせるという医師の誘いに乗るバード。
出口のない苦悩の中で、SEXを試みる2人。だが火見子の言った「妊娠」の一言でバードは不能となる。
「あなたが恐怖を感じるのは、局部的にヴァギナと子宮に対して?・・・・・・」
結局、バードは別の方法で解放される。火見子に依存していくバード。
子供は体力も衰えず、病院側は手術を迫る。
手を汚す決心をする2人。子供を退院させて、火見子と関係している堕胎医の元へ。合法的に死なせるための方法。だが、最後のドタンバでバードは踏みとどまり、子供を助ける・・・・・・
コメント
この小説は、彼の子供「光」君が脳の障害児として生まれ、脱力感の極限の中で作られたもの。
「芽むしり 仔撃ち」で新進の作家として脚光をあび始めた彼を襲った不幸。彼はそれをどうとらえたか。
ポイントは終盤の数ページ。子供を病院に連れて行く決心をするところで一旦話は終わる。「かつてあじわったことのない深甚な恐怖感がバードをとらえた」という言葉で締めくくり。
その後数ページで手術が成功したこと、周囲からの再評価が語られる。変ってしまった彼を評して「きみにはバードという子供っぽい渾名は似合わない」と言われて子供を覗き込んだバード。
「かつてあじわったことのない深甚な恐怖感がバードをとらえた」再び繰り返される言葉。
たとえハッピーエンドの物語になったとしても、最後に残る「恐怖感」
これ以上は言うまい。   


 

 

 

 

 

 

 

 

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